現代の「南京大虐殺」とは、1937年から綿々と検証されてきた歴史的出来事ではなく、1980年代以降に生じた政治トレンドの結晶なのです。
中国人民は、共産主義凋落のあとに国民統合の柱として南京虐殺を必要とし、アメリカ人は、世界を席巻した「ジャパン・アズ・ナンバーワン」時代の日本への反感から、日本叩きのネタとして南京虐殺にとびつきました。彼らは信じたいから信じたのであり、客観的な事実だから信じたのではありません。
そういう人たちに、客観的な検証を呼びかけても無駄なことです。ならば日本人は汚名を着せられたまま永遠に我慢しなければならないのかといえば、そうではありません。信じたくて信じている人たちは、信じることによるカタルシスを得られなくなれば信じなくなります。
その日のために粛々と客観的事実を検証し、中国人民や海外の自称正義漢による「南京大虐殺」糾弾に対しては、道徳的問題として引き受けるのではなく、ゲームとして割り切り、冷徹に対処していけばいいのです。
その点河村市長の行動はナイーブ過ぎるように思います。しかし冒頭に述べたように、こと今回に限れば、発言のタイミングからして必ずしも日本の損にはならないような気がします。
かつてアメリカ人がアイリス・チャンにとびついたのは、日本を叩きたい空気が充満していたからでした。しかし今のアメリカにそんな空気はありません。アメリカ人が叩きたいのは、アメリカ人の仕事を奪い、太平洋の覇権に色目を見せる中国の方です。
さらに今は、いつ転ぶかわからないユーロに、核開発のイラン、内戦のシリアと、世界中で問題が山積みです。そんなときに、日本の一地方都市の市長の歴史発言などというのんきな問題に、あれこれ口を出す物好きなどいません(人民系住民は除く)。
従ってもし中国が本気で絡んでくるなら、日本とサシの勝負になる可能性が大です。そしてそうなると、必ずしも中国が有利とはいえません。へたに人民が反日で燃え上がると、ふとしたはずみで反政府運動に転化する危険があるからです。
中国は経済面で圧力をかけてくるに違いありませんが、日本と中国の経済関係が冷え込めば、両者ともに傷を負うことになります。そして景気が失速中の中国には、一昔前のようにその痛手を無視できる余裕はありません。
野次馬がおらず、失速中の中国に対しては、「歴史カード」は必ずしも日本に不利なばかりのカードではなく、攻めのカードになりえるのです。