アーレントの言ってるのは、「言論はRESTであるべし」とこれひとことではないだろうか。つまり、全ての発言をポイントできて批判できる状態にしろと。権力の後ろをトレースできる状態にしておくのが「公的領域」の意味なのだ。
朝日や人権擁護法案がムカツクのは、後ろに誰がいるということじゃなくて、後ろにいる奴にURLがついてないことだ。つまり、誰が何と言って、それを受けて誰が何と言ったのか。そこがポイントできない。誰が後ろにいたっていいんだけど、政治に関わるなら、あらわれろ。全ての意見がRESTな状態で出てきたら、誰が言ったことでもきちんと拝聴します。
権力につながっている言論にポイントできない部分があるのが社会的領域とか大衆社会とか全体主義と言う、アーレントが批判していた状態ではないだろうか。
URLがついてないというのは、物理的なツッコミビリティが低いわけだが、朝日新聞の弁明は常に論理的なツッコミビリティが低い。隠れよう隠れようとするからムカツク。それですぐ記事を差し替えたり消したりする。
不揮発でトレーサビリティのあるRESTな言論世界というものが、朝日新聞の最も恐れるものなのではないか。
そう思ったら、アーレントが分かった気がした。